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最高裁判所第二小法廷 平成元年(行ツ)74号 判決 1990年7月13日

大阪市中央区南本町一丁目六番七号

上告人

帝人株式会社

右代表者代表取締役

岡本佐四郎

右訴訟代理人弁護士

久保田穰

増井和夫

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 植松敏

右当事者間の東京高等裁判所昭和六二年(行ケ)第一四一号審決取消請求事件について、同裁判所が平成元年三月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人久保田穰、同増井和夫の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 藤島昭 裁判官 奥野久之 裁判官 中島敏次郎)

(平成元年(行ツ)第七四号 上告人 帝人株式会社)

上告代理人久保田穰、同増井和夫の上告理由

原判決は特許法第二九条の二に規定する発明の同一性についての解釈を誤った違法がある。

上告理由は基本的にはこの点に盡きる(上告人は原審では審判手続の不当性についても主張していたが―原判決事実摘示一二丁裏五行乃至一九丁裏四行―その点は上告の理由とはしない)。ただし、同じこの論点につき、以下角度を変えて論ずることがある。

なお、本件に於て比較されたものは本特許出願に係る「発明」と先願の実用新案に於ける「考案」であるが、一々言い分けるのは煩わしいので、以下特に必要ある場合を除き、「発明の同一性」とか「同一発明」とかの表現を用いる。

一、事件の経過

原判決にも摘示されているように、本件特許出願は、昭和五二年一〇月七日、名称を「熱遮断フィルムを有する冷凍ショーケース」として出願された(出願明細書は甲第二号証)。

これに対し特許庁審査官は、昭和五一年実用新案出願第七三一四三号の願書に最初に添付した明細書及び図面(甲第一一号証の一)を引用し、これと同一であるとの理由で、特許法第二九条の二に基き、昭和六一年五月一四日出願を拒絶した。

上告人はこの拒絶査定の取消を求めて同年七月一〇日審判を請求したが(同年審判第一四〇三〇号事件)、特許庁審判官は昭和六二年六月二日〔原判決二丁裏二行に「同年」(昭和六一年ということになる)とあるのは誤記である〕、審査官の見解を支持し「本件審判の請求は成り立たない」との審決をしたので(甲第一号証)、その取消を求めて訴えたのが原審事件である(東京高等裁判所昭和六二年(行ケ)第一四一号)。

ところが原審は平成元年三月二九日、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決をした。その理由は、審査官及び審判官同様、本願発明は引用考案と同一発明だということにある。

二、上告人の見解の概説

上告人には審決の論理もこれを支持した原判決の論理も全く理解できない。原判決は、減多にない、明白な、甚だしい誤りをおかしたものであって、速やかに取消されなければならないと考える(本件出願は昭和五二年に出願され、公告がないまま今日に至っているので、これから権利となってももはや残存期間は八年半に過ぎず、しかも上告中、上告の結果期待される差戻審理中、刻々特許権の期間が失われて行くので、早急の御配慮をお願いしたい)。

本願の特許請求の範囲は次の通りである。

「金属及び/又は金属酸化物の薄膜が積層されたプラスチックフィルムから主としてなる熱線反射透明積層体を熱遮断シートとした冷凍・冷蔵ショーケース」

これに対し、引用された先願の実用新案登録請求の範囲は次の通りである。

「庫内に貯蔵物品が納出できる開口部を有した断熱箱体と、前記開口部を開閉する少なくとも二枚以上の透明板により形成する断熱扉とより構成し、前記断熱扉の庫外側透明板の内面に半透明の遮光膜を設けたことを特徴とする貯蔵庫」

特許庁も原判決もこの両者を同一としたのである。

本件の先願は、ただ本件出願より先に出願された(昭和五一年六月三日)というだけであって、本件出願の際は公開されておらず(公開日は昭和五二年一二月九日―甲第一一号証の二)、従って本出願以前の公知資料(特許法第二九条第一項参照)ではない。従って、特許法第二九条第二項の規定による、これに基いて本願発明が容易に発明することができるかどうかは本件では問題にならない。つまり、この先願の考案と本願発明が似ているかどうかは本願発明の特許性と無関係である。特許庁は双方が同一だとして拒絶したのであり、原判決もそれを支持したのである。即ち、争点はただ両者が「同一」か否かである。

これが他の理由、例えば、仮にこの先願が公知資料であるとして、それから容易に推考できるとか、或いは本願明細書の書き方が悪いとかいう理由で本願が拒絶されたのであれば、それに対してはそれなりに対処するが、上告人の驚きはさほどではなかったであろう。しかし特許庁のみならず、裁判所までが、双方は同一発明だと言うのには唖然とし、どうしても承服できない。

それぞれの明細書中に説明されていることについては後に触れるが、特許(登録)請求の範囲の記載はいわば発明(考案)のエッセンスである。それを比較しただけで、両者は先ず対象とする物が「貯蔵庫」と「冷凍・冷蔵ショーケース」で違う。「半透明の遮光膜」と「透明積層体」で違う。「少なくとも二枚以上の透明板により形成する断熱扉」と、そういう構成を持っていないことで違う.半透明遮光膜を「断熱扉の庫外側透明板の内面に」設けることと、そういうやり方の特定のないことで違う。この二つが「同一」だという見解がどうして出て来るのか、先ず常識上わからない。

三、原判決の「理由」の分析とその論理の誤り

原判決の論理は次の如きものである。

(一)、先ず本願発明の「熱線反射透明積層体」と引用考案の「半透明の遮光膜」について(二四丁裏二~三行)

”本願の特許請求の範囲には金属若くは金属酸化物又はその双方(註、以下単に「金属」で代表させる)から成る薄膜の膜厚について限定する記載がない(二四丁裏最終行乃至二五丁表一行)。確かに発明の詳細な説明には膜厚の望ましい値(あまり厚いと透視性が悪くなる)が説明されているが(二五丁表三行乃至同丁裏一行)、特許請求の範囲に書いてないのだから、「望ましい値」に限定されるものではない(二五丁裏一~六行)。

ところで、この膜厚が透視性に関係あることは右の説明自体に書いてあり、而して特許請求の範囲には膜厚の限定がないのだから、本願発明の「透明」とは透視性の低い透明まで含むものと解される(二五丁裏六行乃至二六丁表八行)。

なお、この後にも(二六丁表八行乃至同丁裏二行)原告の主張に言及するところがあるが、その主張はここでの論理の流れに外れるので、右には省いた。しかしその原告の主張が間違っているわけではなく、原判決の判断の方がおかしい。七で別に後述する。

ところで引用例の「半透明の遮光膜」にも金属膜厚の限定がなく、照明具をつければ庫内に何か入っているかわかるというのだから、可視光をある程度透過させるものであることが認められる(二七丁表終りから三行乃至同丁裏六行)。

「そうすると、本願発明の『……透明積層体』と引用考案の『半透明の遮光膜』とは可視光の透過率が、ある範囲において一致する即ち本願発明の『……透明積層体』を構成する金属薄膜の膜厚と引用考案の『半透明の遮光膜』を構成する金属薄膜の膜厚が、ある範囲において一致すると認めることができるから、本願考案の『……透明積層体』には、引用考案の『半透明の遮光膜』と……可視光を透過させるという機能において実質的に同一のもの即ち金属薄膜の膜厚が実質的に同一のものが含まれるといわざるを得ない。」(二七丁裏七行乃至二八丁表五行)。

従って本願発明の透明積層体も引用考案の半透明の遮光膜も同じだというのである(二八丁表五~八行)。”

なお原判決は双方が熱線反射という機能を共通にすることをも述べているが、この点は上告人は初めから争っておらず(原審原告第三準備書面一九頁七~一〇行)、争点は「透明」と「半透明」乃至「遮光」の点にあるのだから、わざわざ熱線反射のことを特記し、双方何か似たようなものだとの印象を与えるべきではなかった。従って、右の引用文中からも(標題のところだけは別として)「熱線反射」の話は省いた。もともと熱線反射機能を有する膜はありふれており、本願発明は、熱線を反射しつつかつ充分に透明であるという容易に両立し難い特性を合せ持っていること、換言すれば熱線領域の波長は透過させず可視光線領域の波長は透過させるという、波長に於ける選択性に特徴があるのだから、熱線反射機能が共通していると言っても、それで両発明の類似性を指摘したことにはならない(原審原告第一準備書面七頁六行乃至一一頁五行、同第二準備書面三頁最終行乃至五頁七行)。

右の原判決の論理は頗る筋の通らないもので、上告人の請求を斥けるために強いて作った感じがする。両請求の範囲にいう「透明」と「半透明遮光」とは明らかに同一概念ではない.「透明」とは光を通すことである。「半透明」とは光が少しは通るがあまり通らないということである。また「遮光」とは光を遮るということである。原判決はこの相容れない概念が実は同じだという結論に持って行くために、本願明細書中の金属膜の膜厚に関する説明(甲第二号証四頁下から二行乃至五頁七行)を引用する。しかも、同じ記載を、上告人に不利なように不利なように二重に引用する。

当該記載は、金属薄膜の厚さが良好な透視性と熱線反射性を得るために重要な因子だと説明し、双方の性質を兼ね備えるための望ましい厚さを開示している。これに対し原判決は第一に、そうは記載されていても、本願発明に於ける膜厚はこの「望ましい値」に限定されるものではないという。それはその通りである。本願が特許になった暁に、もし第三者が、この望ましい値を少し外れるだけの物を作り、それ故に侵害でないということになったら、たまったものではない。従ってまた、その数値を特許請求の範囲に織込まないことも当然である(織込まなくても、当業者がこの記載により、本願発明を実施することは容易である―特許法第三六条第三項参照)。

しかし原判決がそれに続いて、「換言すれば本願発明の『薄膜』はその膜厚に限定がない」と言う(二五丁裏五~六行)のは正しくない。前記の記載は何十何オングストロームという固定した数値で限定していないというだけで、おのずからなる、妥当な範囲での限定を説明しているのである。例えば、この公園の利用者は児童とする、というとき、この表示には児童とは何才までか限定がない。換言すれば利用者の年令については限定がない、とは言えないのと同じことである。

更に原判決は、今度は前記記載を逆の面から引用し、膜厚が透明性に関係があることはこれでわかるところ、膜厚には限定がないのだから、本願発明の「透明」とは透視性の低い透明まで包含すると解することができると言うに至っては、開いた口がふさがらない。前記の記載は、あくまでも、良好な透視性を得ることを前提にした上で、膜厚はどの位がよいかを説明しているのであって、この記載から、透視性は悪くてもいい意図であったなどという結論が導ける筈がない。詭弁的論証法の最たるものと言うことができよう。恰も前記の設例に於て「この公園は近くに児童の遊び場がないために作ったものです。年が多いと児童ではありません。概ね一一、二才以下の人に限って下さい」という親切な注意書まであった場合、この表示は年令のことを言いながら年令を限定していない、従って年令については何の限定もない、従って高校生でも構わないと解することができる、というようなものである。

本願明細書の特許請求の範囲は積層体が「透明」であることを要件としている。発明の詳細な説明には良好な透視性が必要であることが随所に強調されている。そのことは「ショーケース」という発明の対象からも必要なことである。にも拘らず、これが引用考案の登録請求の範囲の「半透明の」「遮光膜」(考案の詳細な説明中には「光の殆どを遮る」とまで書いてある―甲第一一号証の一の二頁下から七~六行)と「同一」だという原判決は、明らかに特許法第二九条の二にいう(及び常識人の考える)「同一性」の解釈を誤ったものである。

なお、原判決の前記引用箇所中(二七丁裏七行乃至二八丁表一行)、本願発明と引用考案とは可視光の透過率が、ある範囲において一致する、即ち金属薄膜の膜厚が、ある範囲において一致する、と、可視光透過率が金属薄膜の膜厚のみによって決定されるかの如く述べているところがあるが(傍点上告人)、かかる認識は誤っている。本願発明は金属薄膜がやや厚く、透視性が悪いとき、それを改善する方法を開示している(後述五の(二)の終りの方参照―なお原審原告第三準備書面六頁終りから二行乃至八頁二行で、このことは既に指摘しているのである)。

(二)、次に本願発明の「冷凍・冷蔵ショーケース」と引用考案の「冷蔵等の貯蔵庫」について(二八丁表終りから三~二行)註、原判決は引用考案中から「冷蔵庫等の貯蔵庫」という概念を摘出しているが、この「冷蔵庫等の」は省き、単に「貯蔵庫」とすべきであったろう―後述六参照。

”引用考案はいわゆる「陳列棚」という意味での「ショーケース」を意図したものではないと認められるが、遮光膜により庫内に達する光は殆どなくなるとはいえ、庫内に照明具をつければ内部の貯蔵物品を庫外より判別できる。外部から顧客が庫内を見ることができれば、ショーケースとしての機能を果すから、両者は実質的に同一である(二八丁裏三行乃至二九丁裏五行)、”

右に於て原判決は貯蔵庫に既に開口部をつけたものについて論じているが、原判決の論理は引用考案と本願発明とをそれぞれ全体として考察せず(この点については次の四で触れる)、各々の要件の一部を個々的に検討しているのであるから、ここでは単純、端的に、「ショーケース」と「貯蔵庫」が同一商品かという検討にのみ絞るべきであったろう。

上告人の考えるところ、「貯蔵庫」は元来あく迄も「庫」、即ち物をしまっておくためのものであり、その中の物を人に見せるためのものではない。他方「ショーケース」はその中に物を入れるが、それは貯蔵のためではなく、人に見せるためであり、見せて早く販売してしまうためのものである。両者は商品として異質のものであり、到底「同一」とは思えない。

原判決は、強いて使おうとすれば使えるというものも、初めからその目的に適当なものとして作られたものも同一だという立場に立っているが、上告人にはそういう見解は理解し難い(電車の車輛の中に住んでいる者もいるが、だからと言って「車輛」が「家」と同一とは思えない)。そんなことを言っていれば、恐らく大多数の発明は既に同一物が多く存在していることになり、すべて発明に値しないことになってしまうであろう。

更に、仮に本来の目的用途以外の用途でも使えればいいという見解に立ち、かつ開口部を合せて考えるとしても、照明具をつけてのみ漸く内部を「判別」できる程度のものがショーケースとして適当かどうか、言うまでもなかろう。それがショーケースとしての機能を発揮させた本願発明と「同一」だと言えるのであれば、本願発明者の苦労はなかったのである。

なお原判決は、前記引用したように、「外部から顧客が庫内を見ることができれば」と述べているが(二九丁表六~七行)、引用考案明細書(甲第一一号証の一)には「顧客」を意識した記載は片 だにない。この考案が何を目的としたものか明細書に記載はないが、全体から見て、貯蔵庫にしまった本人が内部を確認することを意識しているとしか解されないのである。

ここに於てもまた、両者が同一だとする原判決は、特許法の規定の解釈を誤っている(及び通常人の常識に反している)ことは明らかである。

更に指摘しておけば、引用考案は透視不可能な断熱扉と側壁に窓を設けた貯蔵庫でもいいと述べている(甲第一一号証の一の四頁五~七行)。記載が舌足らずであるが、その窓のところを透明板と半透明遮光膜の組合せにするというのであろう。ここで「窓」というのは、明らかに側壁の一部にあけた孔に過ぎず、仮にそこから内部が覗けるとしても、少し離れた所から一見して内部に収納されている物がくまなく見えるわけではない。そのようなものは貯蔵庫としてはいいかも知れないが、到底ショーケースとして適当であるとは思えない。

更にまた、本願発明の積層体から成るシートは、オープンタイプのショーケースのナイトカバー用(一四平方メートルのものが例示されている)として用いることもできる(甲第二号証一七頁実施例三)。このような使い方も貯蔵庫の窓の中に貼りつけることと同一なのであろうか。

四、明細書中の個々の言葉を分離検討することの可否

なお、原判決の論理は、前記のように、引用考案と本願発明のそれぞれの要素のうち、二つの組合せだけ取上げて、その各々が同一だから、全体として双方は同一発明だというのである。しかしこの論理は初めからおかしい。

(一)、第一に、物が二つの要素から成っているとき、その一つ一つが同じだとしても、二つを組合せたものが同じだとは言えない。例えば個々の要素が同じ<省略>と○であっても、その二つを<省略>のように組合せたものと<省略>のように組合せたものとはもはや同じではない。

しかも原判決が二つの要素がそれぞれ同一だという意味は、実は全く同一だということではなく、重複する部分がある(透明積層体と遮光膜)、同様に使われる場合がある(貯蔵庫とショーケース)ということである。これを同一と見ること自体の妥当性については次の五で論ずるが、そういう場合は特に、二つの要件を組合せても同じだとは言えない(「東アジア」と「熱帯」は部分的に重複する。「砂漠」は「陸地」の一部である。しかし「東アジアの砂漠」と「熱帯の陸地」は重ならない。前者はゴビの砂漠である)。

仮に貯蔵庫を食品小売店の店の真中におき、その中に小売商品を入れて顧客にその中を見せる店主がいるとしよう。それでも、かかる貯蔵庫の側壁の一部に覗き窓をつけ、そこにサングラスの如き色つきガラス(断熱性はあるとする)を嵌め、内部に電灯をつけて客に覗かせる(サングラスも目の反対側が明るければ見える)ことと、商品が透明なガラス(ガラスに透明積層体を貼りつけたもの)の下に置かれ、客による何の努力もなしに一見して目に映ることと同じであろうか。その二つが「同一」だという原判決の常識を疑わざるを得ない。

(二)、第二に、引用考案と本願発明との間に於て異同を検討すべきところ(上告人の見解では「異っているところ」であるが)はこの二つの要素だけではない。前記二の中で述べたように断熱扉の構成と遮光膜の貼り方がある。これを検討しないまま、両発明は同じだとは言えないことは事理の当然であろう。

かかる原判決の誤りは、実は原審決から招来されたのである。即ち、原審決は二つの考案と発明に於て比較すべき箇所を四つだけ挙げ(甲第一号証審決三頁八行乃至一六行)、それらは同じだから全体は同じたと結論した。上告人は原審に於て、そのうちの二つ、「金属」と「アルミニウム」、「プラスチックフィルム」と「ポリエステルフィルム」は同じだ(上位概念と下位概念との関係にあるという意味だが)と認めたが、他の二つは違うと主張した。その他の二つが原判決の検討した二つの要素である(原審原告第一準備書面六頁(三))。

もともと四つしか挙げていない原審決に対する認否だから、認否としてはそういう形になるのは仕方がない(上告人は審決取消訴訟に於て審決の記載に対し認否することの妥当性を疑っているが、これは東京高等裁判所工業所有権部のほぼ確立した慣行として、大部分の裁判官によって強制されるので、早手廻しにそうしたのである)。そしてその後も、上告人はこの二つの要素の夫々が違うことに確信を持っており、かつ一つでも違えば全体として違うことになるから、その個々の違いを力説した。しかし、相違点はそこだけだと主張したことはない。最初の認否に於ても、その四つが同じだから、両発明は同一だという審決の結論を争っているし(前記第一準備書面六頁の(四))、又準備書面中でもその他の違いを指摘し(第二準備書面二五頁終りから三行乃至二六頁四行、同二九頁一~四行。これにつき、「言うまでもなかろうが」とまで書いている)、また全体としてまるきり違うことを強調している(同第三準備書面二三頁八~九行、二七頁二行以下)(なお、右の点については後述九参照)。

引用考案と本願発明とが同一発明だという原審決を支持するために、原判決が前記の二要素のみ検討し、他の相違を看過したのは判断の遺脱でもあり、発明の同一性についての解釈を誤った違法でもある。

つまり、仮に貯蔵庫もショーケースも同じ、半透明遮光膜も透明積層体も同じだとしても、引用考案は二枚以上の透明板を用いることを必須の要件とし、その内部を真空にし、或いは窒素等を封入して断熱空間とし、外側の板の内側に遮光膜を貼るのである(甲第一一号証の一の登録請求の範囲及び二頁四~一三行)。これは煩わしい。

本願発明は二重ガラスというだけでもコスト高になるとして(甲第二号証の本文二頁一一~一五行。クローズドタイプショーケースの場合)、単に一枚のガラスにこの積層体を貼りつければよいと考えている(実施例一、二、四)(勿論、二重ガラスに用いても、更にその効果を増大することができるが―実施例五)。なお、この点につき、甲第九号証の添付技術説明書四頁参照。

前記のような複雑な構成の引用考案と、このように簡便に用い得る本願発明とが「同一」だと言われては立つ瀬がない.それでは発明などというものはなくなってしまう(繰返すが、特許庁は、本願発明は引用例から容易に推考できるとの理由で本願を拒絶したのではない)。

五、転用及び部分的重複と「同一」

ところで、前述のように、原判決もさすがに、引用考案と本願発明とが全く同じだというのではなく、二つの要素に於て、一つは重複する範囲があり(透明積層体の光の透過率の悪い範囲)、他はそういう使い方もできる(冷蔵庫をショーケースにする)と判断し、そういう場合は特許法第二九条の二の同一発明に該当するのだ、と述べたのである。

しかし、上告人はかかる論法は法律上根拠がないと考える。

(一)、第一に、用途の相違、或いは別目的の商品ということは、そういう転用が容易に考えられるかどうかという問題としてでなく、現在あるがままの考案、発明の同一性の問題としては、同一でないことは明白だと考える。

先願が公知になる以前に出願された発明は、もともと独立のものであり、後願に特許を与えないという法制は、二重の権利を禁止するという要請から出たものであるが、目的とする商品が違うものであれば、権利の重複はあり得ない(商標権ならば、まだ類似範囲というものがあるが、特許権にはない)。従って、立法政策上も何等禁止する必要はない。

(二)、次に範囲の重複ということについても、言葉の通常の意味に於て、同一とは同じことであって(勿論、上告人は表現の差異を問題にしているのではない。実質的に同じであることを意味している)、部分的重複は同一ではない。関東地方と東京都は同一ではなく、一乃至一〇と六乃至一五は同一ではない。もしも特許法第二九条の二が重複をも禁ずるのであれば、そう立法すればよかったのであって、「同一」と規定されている文言をみだりに拡大解釈すべきではない。

この点に関し、上告人は、特許実務関係者の中に、特許法第三九条にいう同一発明について、部分的重複をも同一と見る見解のあることを知っている。しかし、それも、同条の前身である大正一〇年法の第八条に関する昭和四二年(行ツ)第二九号事件に於ける最高裁判所の昭和五〇年七月一〇日の判決(審決取消訴訟判例案昭和五〇年版四八一頁)に反している。即ち、同判決は、二つの発明が構成要件を異にする以上、両者が基本的着想を共通にし、かつ実施の態様に於て重複する場合があり得るとしても、それ故に両者は同一発明だということにはならないと判示しているからである。

而して上告人は、新設(昭和四五年追加)の特許法第二九条の二の場合は、次の理由により、第三九条の場合にも増して、部分的重複は同一ではないと考える。

(1)、特許法第三九条の場合、両出願が部分的に重複する場合にも同一発明であるとする論者の理由は、簡単に言うと権利範囲の重複した複数の特許があっては具合が悪いということである(例えば吉藤「特許法概説」第八版一五〇頁、一五四頁)。しかし、この理由は特許法第二九条の二の場合には適用の余地はないと考える。そもそも、第二九条の二は特許請求の範囲の記載を基準としないのであるから、重複特許とか権利の二重行使とかいうことを持出す余地がないからである。そういうことは第三九条の問題として検討すべきであり、第二九条の二該当の有無は、発明が全体として同じかどうかという見地から判断すべきものである。

(2)、第二九条の二に於て明細書の内容を以て同一発明の判断をさせる一つの理由として、現在の時点での双方の特許請求の範囲の記載は異っていても、出願途中の先願の特許請求の範囲はどのように変るかも知れないから、また審査請求制度を採用した結果先願の特許請求の範囲が変るのは何時のことかもわからないから、安全を見て明細書の内容を基準にしたのだというようなことが言われる(吉藤、前掲一五九頁、中山編「注解特許法」上巻一七九頁下から七行乃至一八〇頁下から九行)。上告人にはこのような根拠に基いて出願拒絶理由を追加した趣旨はよく理解できないが、何れにせよ、発明内容が同一ではなく単に一部が重複しているだけであり、かつ現段階では特許請求の範囲の間には部分的重複もないという場合は、その後何等かの補正の結果特許請求の範囲間に現実に重複が生じたならば、そのとき拒絶理由通知により何れかの出願から重複部分を除かしめればよいことであって(特許になってからでも訂正審判という途がある)、現実に特許請求の範囲に重複が発生する前に、将来そうなる可能性があるからというだけで後願を全体として拒絶してしまうのは甚だしい行過ぎであると考える。そのようなやり方は、発明を保護する特許庁として、本質的に採るべき態度ではないであろう。

第一、共に簡潔、明確に概念化された特許請求の範囲同士の間ならいさ知らず、漠然とした明細書の記載に基いて範囲の重複を認定するのは、審査官に過大な負担を負わしめるものではあるまいか。

(3)、第二九条の二の立法趣旨として、既に先願明細書に記載されているのと同じ発明について再び権利を与えるというのは正義に反するというような理由もあるようである。或いは同じような考えとして、先願明細書に記載されていながら特許請求されていないものは公共の財産となるべきものであって、これにつき後願者に権利を認めるべきでないということも言われるようである(吉藤、前掲一五九頁、中山、前掲一七八~一七九頁も、明確ではないが同じ理由を前提としているようである)。

こういう考えによれば、問題は、後願が先願明細書にない新たな技術を開示しているか否かである。部分的に重複しているかどうかなどという、いわば技葉の形式的なことではない。後願が新しい技術を世にもたらしていれば、それにつき特許を認めてよいことは当然である。

ところで、本願発明は引用例明細書の記載にない多くの技術情報を含んでいる。

引用例の遮光膜が本願の熱線反射透明積層体と観念として同じでないことは既に述べた通りであるが、引用例明細書中に開示されている技術の実体を見ても、そこに遮光膜の内容として具体的に記載していることは「例えばポリエステルフィルムにアルミニウムを真空蒸着してあり」ということだけである。全体の膜の厚さも、アルミニウム層の厚さも、それによる熱遮断の程度についても、何の説明もない(二頁九~一〇行)。

一方本願明細書にも、積層体の構成要素としてポリエステルフィルムが用い得ること(七頁末尾七行)、金属層としてアルミニウムも用い得ること(四頁下から六~三行)、これを蒸着してもよいこと(五頁下から九~一行。特に下から五行)の説明があるから、膜の材料だけから言えば、引用例のものを含んでいることは事実である。しかしながら、本願発明に用い得るとされているフィルム材料も金属も種類が多いこと(七頁下から五行乃至八頁八行、四頁下から五~三行)、金属のみならず金属酸化物を含むこと(四頁下から三~二行)、金属(又は金属酸化物)層の形成方法にもいろいろあること(五頁下から六~一行)は措いても(アルミニウムを蒸着した実施例はない)、本願発明は、単にフィルム上に金属を蒸着、或いは金属酸化物をスパッタリングさせた膜にとどまらず、これに更に高屈折率誘導体層やその他の層を合せ持つ積層構造の膜を示している(六頁九行乃至七頁七行、八頁一三行乃至一〇頁下から八行、一一頁下から六行乃至一二頁二行)。実施例に於ける積層体-5(一五頁下から四行乃至一六頁一行、第六図のもの)などは、実に五層という「積層」構造を示している。金属の層の作り方にも細かい注意を与えている。とりわけ、さきに三の(一)の終りで注意しておいたが、金属薄膜の膜厚が厚く、透視性が不十分なとき、高屈折率誘導体層で挟むことにより透視性を向上させることのできることが説明されている(一一頁四行乃至同頁下から七行)。更に実施例として膜の作り方の詳細を示し、その熱線反射及び可視光線透過の効果をも具体的に開示している。即ち、先願の引用例にない技術的開示が多多あるのである。

これを要するに、引用例の明細書の記載だけでは本願発明で期待するショーケース用の熱遮断シートは作れず、それは本願明細書の説明によって初めて作れるのである。

このような関係にある二つの技術が同一発明であり、後願に特許を許すと正義に反するのであろうか。上告人はそれを信ずることが出来ない。

以上のように、特許法第二九条の二の適用に当り、範囲が一部重複する場合や、目的以外の用途を有する場合を以て同一発明と見るべき理由はないから、引用考案と本願発明が仮に原判決の認定したようなものであるとしても、両者は同一発明ではない。

なお、この点については、既に原審に於て原告第三準備書面三〇頁終りから四行乃至四二頁六行で論じているので、原判決は単に特許法第二九条の二に於ける同一発明についての解釈を誤ったのみならず、上告人の主張に対して判断を遺脱した違法がある。

六、二つの発明(考案)に於て比較すべきもの

(一)、引用考案と本願発明とを比較するに当り、原判決は何を以て比較の対象としたのか明らかでない。

発明相互を比較する場合、それぞれの明細書の記載から理解される発明全体の姿を比較するやり方と、双方の特許請求の範囲の記載を比較するやり方と、二通りあり得る。上告人は本来常に前者が原則であるべきであると考えるが、それはともかく、原判決はそのどちらによったのかも明らかでない。

引用例の登録請求の範囲と本願の特許請求の範囲を比較すれば、初めに二で指摘したように、両者が同一でないことは一見して明白である。ところが原判決は先ずその中の膜を取上げ、本願明細書の発明の詳細な説明中の記載を引用して金属薄膜の膜厚は透明性に影響すると言い、次に特許請求の範囲に戻って本願発明には膜厚の限定がないと言い、これを根拠として特許請求の範囲の「透明」という言葉は透明性の悪い場合をも含むと言い、それ故に引用例の「半透明遮光膜」と同じだとの結論を下したのである。

これは特許請求の範囲だけの比較でもなく、発明全体の比較でもなく、ただ上告人の請求を斥けるためにのみ、双方をつまみ食いしたと言ってよい。

また三の(二)で註記したところであるが、原判決は引用考案の対象物として「冷蔵庫等の貯蔵庫」を取上げている。そしてこれと本願発明の「冷凍・冷蔵ショーケース」との比較に於ても、冷蔵保存という機能において共通することは、原告の明らかに争わないところである、と述べている(二八丁裏一~三行)。しかし引用例の登録請求の範囲には、「冷蔵庫等の貯蔵庫」という言葉はない。ただ「貯蔵庫」とあるのみである。「考案の詳細な説明」中に於ても、「冷蔵庫等の貯蔵庫」という言葉はただ一ケ所、その第一行にあるだけである。

恐らくこれは審決に影響されたのであろう。審決も「冷蔵庫等の貯蔵庫」になっている(甲第一号証三頁一三~一四行)。しかし、正にこの審決の当否を判断するに当り、審決の筋の運びに従うべき理由はない。上告人は同一性の検討に当り、このような漠然たる例示はつけるべきではないと考え、審決或いは原審被告準備書面中の言葉を引用する場合を除き、準備書面中、常に単に「貯蔵庫」と言っていた(第一準備書面七頁二行、第二準備書面六頁二行、第三準備書面二〇頁四~五行等)。(原判決が、冷蔵庫等の貯蔵庫が冷蔵保存機能を有することは「原告の明らかに争わないところ」と言うのはひどい話であって、上告人はただ「冷蔵庫等の」を除外して議論していたから何も言わなかっただけである。原審も、原告準備書面のどこを探してもこの点に触れていないものだから、明らかに争わない、ということにしたのであろう。「冷蔵庫」に冷蔵機能のあることはわざわざ言うまでもない。しかし引用考案は冷蔵庫に限られているわけではない。薬品の貯蔵などは単に暗所に置き、断熱だけしておけば足りるであろう)。

上告人は、原判決が、このように上告人が意識して避けていた言葉を持出して検討するならば、少くとも、その方が正しいという理由を説明すべきだったと考える。

ともかく、原判決はこの点に関する限りでは引用例につき登録請求の範囲の記載でなく、その考案の詳細な説明を採り上げたようである。にも拘らず、斟酌したのは単に説明もなしに一ケ所だけ言葉としてある「冷蔵庫等の」という文字だけであり、考案の内容を説明している「熱線や紫外線を遮る」とか(甲第一一号証の一の一頁下から八行、二頁二~三行。熱線は赤外線であり、可視光領域に対し、紫外線の反対側にある。従って赤外線と紫外線の双方を遮るということは、つまり中間の可視光をも遮るということである)、「薬品等の貯蔵物品の変質を防ぐ」とか(同一頁下から七行、四頁一~二行)、断熱扉に複数枚の透明板郡(群)を設け、その中間部を真空にしたり或いは窒素等を封入したりする(二頁四~八行)とかいう記載には触れず、又これらに対応する本願発明明細書中の可視光を通そうとする意図と、また現に可視光が通過している効果や、魚肉類、冷凍食品のためのショーケースという目的や、その熱遮断シートの使用に於ける簡便さの説明を無視している(こういう点については上告人は原審で指摘している。例えば原告準備書面七頁六~八行、八頁終りから三~一行、第三準備書面一六頁終りから二行乃至一七頁二行、二〇頁終りから三行乃至二一頁二行、第四準備書面一三頁七~一一行等)。

(二)、上告人は、少くとも特許法第二九条の二の場合は、先願の方につき明細書又は図面に記載された発明又は考案と明記しているのであるから、その内容を見るべきことは疑いなく、そうであるとすれば当然に、対比さるべき本願についても明細書の記載から理解される発明全体を取上げるべきものと考える。

而して、引用例と本願発明とは、前記で検討した通り、その個個の要素に着目して吟味してみても同一でないのみならず、明細書に示された発明の技術的思想、目的、効果に照して考えれば、相互に全く異質のものである。

即ち、本穎発明は、甲第二号証明細書で説明されているように、従来の冷凍・冷蔵ショーケース(訪れる顧客が直ちにその中の商品を見ることが出来るというのが必須の条件である)から出発し、透明板ガラスを用いているもの(クローズドタイプ)は断熱性に乏しく、二重ガラスを用いてはコストが高くなるし、また開店時間中はふたがなく、閉店時間帯に断熱カバーを用いて熱損失を防ぐもの(オープンタイプ)は、内部を透視出来なくて困る、等の欠点があることから、透視性と断熱性を兼ね備えたショーケースを提供しようとしたのである(透視性だけなら簡単で、従来のガラスで足りている。又断熱性だけでも簡単で、それを達する公知技術はいくらでもある)。そして、そのために、出願人の開発にかかる熱線反射透明積層体を熱遮断シートとして、或いはクローズドショーケースのガラスに貼りつけて、或いはオープンショーケースのナイトカバーとして、使うことを提唱したものである。実施例に説明され、又甲第一二号証、第一三号証に示されているように、事実、この発明により、目的とした効果を達し得た。

これに対し引用例の考案は、そもそも狙った目的も記載されていないが、恐らく冷蔵庫等の貯蔵庫に窓を設け、内部が見られたら便利だという発想があったのだろう。即ち、物本来の性質からして、その窓にも断熱性のあることは欠かせず、透視性は多少あればよいという程度のものである。だからこの貯蔵庫の断熱性を維持するためには、言うところの遮光膜のみに頼らず、先ず二枚の透明板を用いて断熱構造体を作っている。そしてその構造に於ける断熱性を高めるため、外側の透明板の内側に遮光膜を貼るのである。そうすれば、断熱室そのものに入る熱線を少しでも減少出来るからである。遮光膜は先ず断熱性でなければならず、透視性にはさしたる期待がない。庫内の商品の「判別」は、内部に照明具を設けて行うのである。本願発明に於ける結露などという問題意識(甲第二号証一二頁八行、二〇頁四行)もない。

二つの発明の対象商品は、商品として備えるべき機能に於て初めから異っている。発明の課題も異っている。目的を達成する手段も異つている。要するに両者は全く別の発明である。

本来第二九条の二に於て主として問題にしているのは、先願の明細書がAの発明の外にBの発明も記載しているのに、特許請求の範囲はAのみ記載してあり、他方後願はBを特許請求したという場合のようである(中山、前掲一七八頁一~五行参照。先願の「明細書又は図面」と言い、図面だけと対比する場合があるかのような書き方は、かかる見解を支持しよう)。

しかし、木件はそのような場合ではない。引用例明細書はただその登録請求の範囲に示された考案を記載しているのみで、本願明細書が特許請求をしている、熱線は反射するが透明な(可視光は透過させる)積層体を用いるショーケースのことなど全く説明がない。

七、或る点に関する原判決の理由不備

さきに三の(一)では引用を省いたが、原判決は二六丁表終りから四行乃至同丁裏二行で、「また、原告は、本願発明にいう『透明』とは、可視光透過率の数値で表すと、おおよそ五〇%以上のものを指す旨主張するが、右『透明』が技術用語であるとも認められず(『透明』が日常語であることは原告の自認するところである)、他に、右主張事実を認めるに足りる証拠はないので、採用できない。」と述べている。

ここに引用された原告の主張は、被告が本願発明は可視光透過率四〇%のものを含んでいると主張したので(被告準備書面(第二回)一丁裏終りから二行、二丁裏三行)、これに対して反論したもので(原告第三準備書面三頁三行乃至六頁五行)、上告人としてはそれ自体は本件に於ける核心的な主張とは思っていない(これを判決の事実摘示に掲げる位なら、上告人は他にもっと重要なことも言ったつもりである)。

しかし、原判決が「右主張事実を認めるに足りる証拠はない」と言うのには承服できない。上告人は原告第三準備書面四頁終りから五行乃至五頁終りから三行に於て、明細書中の二ケ所の記載を引用し、一方では実施例中の可視光透過率の最低値が五五%であり、他方では四〇%は適当でないとの記載があるから、本願発明でいう「透明」とは、もし透過率の数値で言わすならば、おおよそ五〇%以上のものを指すということができる、と述べている。

上告人のこの推論は正しいと思うが、何れにしろ、明細書中の記載を引用した上での主張であるのに「証拠がない」と言うのは不当である。上告人の主張を斥けるなら、どうしてその主張が成立しないのか説明すべきである。

即ち、この点に於て原判決は理由不備である。

八、審決取消訴訟の限界躁越

原審決が本願を拒絶すべきものとした理由のすべてはただ次の引用文に示されているだけである。

「本願の発明と引用例に記載された発明とを比較すると、本願の発明の「金属」、「プラスチックフイルム」、「反射透明積層体」、「冷凍・冷蔵ショーケース」はそれぞれ引用例に記載された発明の「アルミニウム」、「ポリエステルフィルム」、「半透明の遮光膜」、「冷蔵庫等の貯蔵庫」に相当するものであるということができ、そうすると、本願の発明は、引用例に記載された発明であるというほかはない。

以上のとおりであるから、本願の発明は、引用例に記載されたものと同一であり、しかも本願の発明者又は出願が引用例発明の発明者又は出願人と同一の者であるも認められないから、特許法第二九条の二り、特許を受けることができない。」

註原審に於て、右引用文の二~三行目「反透明積層体」は「熱線反射透明積層体」の一行目、四行目、七行目、一〇行目(二度出ている)の引用例についての「発明」という言葉はそれぞれ「考案」の、又九行目の「出願」は「出願人」の誤記であることに当事者同意している。

右により明らかなように、原審決は引用例の四つの言葉と本願発明の四つの言葉が各々「相当するものである」が故に、引用考案と本願発明とは同一発明だとしたのである(この「相当する」とは「同一だ」という意味であろう。通常「相当する」は「相対応している」というようにも用いられるが、相対応していても内容上異るものはいくらもあるから―例、蒙古人にとっての羊は日本人の米に相当する―そういう意味では、次の同一発明だとの結論には結びつかない)。

ところでこの四つの対応する言葉の意味内容が同一であるとしても、それで全体が同一だとは言えないことは四で前述したが、それはともかく、ここには「相当する」理由を何等示していないから、単に同一だと見たとしか解されない。

従って、仮に原審が部分的重複や別用途への転用も同一性の範囲だとの見解であるとしても、そのことの故に審決を支持するのは行過ぎであろう。そのような見解の下に初めて同一だと言えるのであれば、審理不盡或いは理由不備として審決を破棄すべきであった。審決取消訴訟とは裁判所が出願の特許性を判断するのではない。事後的に、与えられた審決が妥当であったかどうかを審査するものだからである(なお原審のような見解の下では、重複を含まないように本願の特許請求の範囲を書改めれば、即ち例えば「可視光透過率五〇%以上の透明度」という要件をつけ加えれば、本願発明は引用例とは同一発明でなくなり、特許に値することになる。そうであるならば、原告の請求を棄却して本願を拒絶のままにするよりは、特許庁に差戻して上告人にその機会を与える方が、発明を保護する特許制度の趣旨にもかなってもいる)。

即ち原判決は審決取消訴訟の意義を理解せず、自ら理由を創設した違法がある(原審に於ける被告特許庁の答弁に鑑み、上告人は被告が新しいことを言い始めたと感じ、折に触れてこの点を指摘しておいたのであるが―原告第三準備書面二一頁終りから四行乃至二三頁三行、三〇頁終りから三行乃至三一頁五行、三二頁八~九行等―、原判決は無視している)。

九、審理不盡

最後に指摘しておく。

三で分析したように、原判決は「熱線反射透明積層体」と「半透明の遮光膜」、「冷凍・冷蔵ショーケース」と「冷蔵庫等の貯蔵庫」という二個づつ二組の四個の言葉の比較しかしておらず、而してその各組の言葉は同一だから原審決は正しいと判断した。

上告人は、原審に於ける争点は(原審で述べ、本上告理由ではやめた特許庁に於ける手続問題を除き)、引用考案と本願発明が同一かどうかであると考えていた(原告第三準備書面二三頁八~九行、第四準備書面四頁五~七行等)。本上告理由に於ても、原判決に示された判断を直接争う三、七以外はすべてそれを前提にしている。そして、争点がそうであることは、審決が両者は同一発明であるとして本願を拒絶し、上告人はその審決の取消を求めている以上は当然のことだと考える。

しかし、原判決は或いは、争点は「熱線反射透明積層体」が「半透明の遮光膜」と、「ショーケース」が「冷蔵庫等の貯蔵庫」と同一かどうかということのみであると考えたのかも知れない。そして、或いはその誤解は、上告人が請求原因を最初に明らかにした原審原告第一準備書面七頁に於て、審決取消理由第一点なる標題の下に

「審決には、引用例に於ける〃貯蔵庫に用いられる半透明の遮光膜〃と本願発明に於ける〃冷凍・冷蔵ショーケースに用いられる熱線反射透明積層体〃という、到底同視すべからざるものを同視したという事実認定の誤りがある。」と述べたことに起因しているかも知れない。

今から考えれば、右の文章も、四点だけ比較した審決の記載に釣られ、多少あいまいだったかも知れない(「引用例に於ける〃貯蔵庫に用いられる半透明の遮光膜〃と本願発明に於ける〃冷凍・冷蔵ショーケースに用いられる熱線反射透明積層体〃」というところは、「半透明の遮光膜を貯蔵庫に用いるという引用例と熱線反射透明積層体を冷凍・冷蔵ショーケースに用いるという本願発明」と書く方が良かったかも知れない)。しかし、右引用文でも、書き方からして既に個々の言葉同士の比較を問題にしていないことは明らかである(審決の使った「冷蔵庫等の」という文字を省いたことにも、単に審決の構成に追随するものでない意思が表われている)。また、既に前記四の(二)で述べたように、右引用箇所の直前で、審決中の、四組の言葉が何れも互いに相当するから、引用例と本願発明とは同一だと述べた結論の箇所を争っていること(同準備書面六頁の(四))、又その直後で(一一頁終りから四行乃至一二頁七行の註1)、引用例と本願発明の同一性について触れていることから、上告人の問題意議は引用例と本願発明とが同一か否かにあることが知られよう。更にはその後の準備書面に於ける上告人の主張(原告第三準備書面二三頁四行以下「発明の同一性についての考え方」等)に鑑み、もし前記引用の原告第一準備書面の文章により原審が争点を誤解し、審理すべきことは二個づつ二組の言葉の比較のみであると考えたとしても(さきに指摘したように、争点をそのように限定するのは、本件の筋からして本質的におかしいと思うが)、上告人に対し釈明を求めて上告人は真に何を争っているかを理解すべきであった。

従って、仮に原審が、その判決の論理構成の誤りに対しては上告人の主張の仕方も寄与したと言おうとすれば、却って自ら釈明権(義務)不行使、審理不盡の違法のあったことを示すことになる。 以上

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